“私”が死んだ平成、“あなた”が生まれる令和

平成
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上京してから2ヶ月、大学をやめてから約半年、高校野球を引退してから2年半、地元から飛び出して5年、野球に出会ってから12年、僕が生まれてから20年、

そして平成が始まってから30年

どんなに大きな節目の日であっても“人生20年の内の1日でしょ”としか思ってこなかった僕でも、2019年4月30日は何だか寂しげに感じています。

僕はそんな日に、世の中に物申したい。

1分間に30万回以上されるツイートの波に流されようとも、googleのアルゴリズムにもみくちゃにされようとも、ぶっ放す。

“私”が死んだ平成、“あなた”が生まれる令和

どうぞ。

“私”が死んだ平成

TwitterInstagramを利用している若者は今、生きづらさを感じています。

今までのSNSは世界中の情報をインプットすることができたり、気軽に愚痴を吐くことができたりなど、有用なツールでありました。

しかし、今はどうでしょう。人の目を常に気にしながらでしか発信できない環境になっている気がします。

もしかしたらそれは、自分が大人になっただけかもしれませんが。

「最近の子は、他人の目を気にしすぎている」

こんなツイートがバズっていました。もちろんリプ欄には批判の声が殺到していましたが、痛いところを突かれた時のやり返しのような言葉ばかりで、図星もよいところ。

みなさんも自分の発信を振り返ってみてください。

フォロワーを気にした言葉ばかりになっていませんか?

インフルエンサーはインフルエンザ

インフルエンサー

僕は3月に上京し、それからたくさんのインフルエンサー(と呼ばれる人)に会ってきました。

東京には優秀な人ばかり…とは限りません。

過去の栄光におごり、勇気を持って手をあげてくれたフォロワーを侮辱する人

起業という言葉で多く人の時間と人生を奪い、自分の利益しか考えていない人

・自分より能力の劣る人を搾取の対象にしか見ていない人

など….

正直、怖くなりました。SNS上で騙されている人たちが数百万人以上いると思うと

これは僕の“好き嫌い”であるかもしれません。

だから、「Aさん(インフルエンサー)と会ったけど、クズみたいな人間だったよ。」なんて発信できませんし、しようもんならAさんのバックについている軍隊に壊滅させられます笑

ただ今後、オンラインの評価がオフラインでの評価に変換されるツールが数多く生み出され、彼らのようなインフルエンザがより一層力を持つことになります。

そして、インフルエンザに犯されたファンは新たなインフルエンザを生み出し、より生きづらい環境が出来上がっていくでしょう。

これらはすでに小さく始まっていることであって、決して遠い未来のことではありません。

さようなら、常識人の私

私

私は高校を卒業するまではごく“普通”の人間でありました。

実際、大学を卒業し大企業に入って安定した生活を送り、子供とキャチボールをすることが夢でした

しかし、大学受験に失敗し、大学を中退…. 細かい話は“僕という人間 〜とげぞうって誰やねん〜”に書いてあるので避けますが、てな感じで日本の多くの人が走るレールの上からは外れたのが僕です。

だから、僕はみんなのことを俯瞰して見ることができます。

外からの景色はまるで大きな川をみているような感じ。後ろからたくさんの人に押されて、歩こうとしなくても歩かなきゃいけない、列を乱そうもんなら周りからもみくちゃにされる、悪く言えばこんな感じ。

少し話が逸れましたがインフルエンサーはというと、僕の方に立っています

よって、さっき書いたようなことをガンガン言います。

川の中にいる人たちに、川の中のデメリット脱出方法ばかりを教えるのです。これはある人にとっては良いことで、ある人にとっては良くないことである、というのは理解できるでしょう。

ただ、インフルエンサー故に注目され、“全てが正しい”と見なされます。これは良くありませんよね。

フォロワーやユーザーのリテラシーが上がれば解決されることでありますが、教育が変わった頃には別の問題が発生しているでしょう。

これは現在の大きな課題です。

“あなた”が生まれる令和

令和

SNSという常に監視された環境によって、あるいはインフルエンザによって、平成という時代に“私”は死んだのではないでしょうか

そして、“令和”という時代に自分はどのように生きていけば良いのでしょうか。

“あなた”とは

僕は、「自分とは“あなた”である」と考えています。

つまり、他人の目を通した自分こそが真の“僕”であるということです。

結局のところ他人にどう見られるかが重要であり、それを加味した上で自分らしく生きるべきだと思います。

ポイントは“他人にどう見られるかを意識した上で”というところです。

人は1人では絶対に生きていけません。だから自分以外の誰かに支えられることになります。そんな状況で、他人の目を一切気にしないなんて可能でしょうか?

だから、“あなた”であり続けるのです。

やりたいことはやるし、思ったことはどんどん呟く。それこそが他人にどう見られるかを最大限に意識した発信であり、“あなた”なのです。

支えてくれる人たちこそが“あなた”であり、僕です。令和はそんな人がたくさん生まれる時代になることを願っています。

令和に生き残れない“私”

ここまで“私”と“僕”を使い分けてきたことにお気づきでしょうか。

“私”とはいわゆる普通の人
“僕”とは好きなように行動し、生きたいように生きる自分

令和という時代に“私”のままでは「おもろい」人生を歩むことはできないと思います。

特に日本では間違った“常識”が多く存在していたり、インフルエンザが新たなそれを生み出したりしているので、“私”のままであり続ける人はますます多くなるでしょう。

すると、型にはまった人生、もしくは生きづらい環境でしか生きられないような方向に進んで行くのではないでしょうか。

もちろん、ここで話していることも全て正解というわけではありません。むしろ、今の拡散力だから発信できる内容だとも思っています。

少しでも共感し、“考える”ということを始めていただければ嬉しい限りです。

逆境をチャンスに変え、生きやすい世の中に

そこで僕は何をするのかというと、“評価の軸を増やす”ということです。

そもそも、みなさんが変わるのではなく、インフルエンサーが変われば良いだけの話であります。

ですので、インフルエンサーであるべき人がインフルエンサーになるような評価の軸を作っていきます。

まだまだ形にはなっておりませんが、令和一発目の大金星となれるように頑張りますので、少しだけ支えてください。

“僕”と“あなた”で新たな時代を作りましょう。

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とげぞう(平沢岳史)

Japan

大学2年で中退し、webライターの仕事に出会う。フリーランスでお金を稼ぎながら、起業に向け様々な事業を進行中。愛知県出身、やさしいかくめいラボ所属、取材などのお仕事依頼常時受付中。

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